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最高裁判所第一小法廷 昭和61年(オ)1453号 判決

上告人 スナミ商船株式会社

右代表者代表取締役 須浪民之助

右訴訟代理人弁護士 中村忠行 海老原照男 熊川照義

被上告人 香川鉱業株式会社

右代表者代表取締役 阿部定男

右訴訟代理人弁護士 近石勤

同 井上昭雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中村忠行、同海老原照男の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件閲覧請求が閲覧請求書に閲覧等の請求の理由を具体的に記載してされたものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橋元四郎平 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ッ谷巖 裁判官 大堀誠一)

上告代理人中村忠行、同海老原照男の上告理由

一 原判決は、判決に影響を及ぼすことの明かな法令の違背がある。

すなわち、原判決は、商法第二九三条の六の解釈適用を誤ったため、上告人敗訴の判決を言渡したものであり、右法令の解釈適用に誤りなかりせば、上告人勝訴の判決となることが明かである。

二 原判決は、要するに、上告人の第一審の訴訟提起以前になした帳簿閲覧請求は、その理由が具体的でなく、且つ、閲覧の対象については、何ら具体的に特定されていないこと、訴訟提起後の請求の理由の具体性及び対象の特定は、余りにも時機に遅れており許されないとして、上告人の請求を棄却しているのである。

三 原判決は、右の如く結論する前提として、商法第二九三条の六の解釈適用を示すが、右解釈における原判決の立場は、帳簿閲覧請求の理由の具体性及び帳簿の特定性について、余りにも厳格に解釈した結果、株主の帳簿閲覧請求権の行使を事実上、不可能ならしめるものである。すなわち、まず株式会社においては、所有と経営の分離という実態から、株主は、会社の内容については、殆ど盲目的であるという現実を重視しなければならない。株主は、右のような現実下において、会社運営についての何らかの違法性や不当性を感じたとき、株主権の行使に基づき調査をするのである。一例をとるならば、例えば、取締役の責任追及たる株主の代表訴訟提起のための資料を得るため、帳簿閲覧を請求する場合を考えて見れば、かかる場合、株主が、調査をしなければならないと決意するについては、通常、極めて抽象的ないし推測的事情から出発するのであって、最初から違法や不当の事実が明白に特定され、しかもその事実が証拠によって裏付されているわけではない。何故なら右のような事実の存否を明確に存在する場合に、その証拠を得るためにこそ調査をするのであり、その調査目的のため株主の帳簿閲覧請求権が認められているのだから。

このような事実をふまえて、法を解釈適用すべきものである。

四 原判決は、商法二九三条の六、第二項について「請求の理由の記載は、具体的でなければならない」とする。なお、法文上は、単に理由を附せば足り、その理由について「具体的記載」を要求しているわけではない。

原判決は、具体的でなければならない理由として、第一に「手続を慎重にさせること」第二に「会社において、閲覧等に応ずべき義務の存否又は閲覧等をさせなければならない会社の帳簿及び書類の範囲等の判断を容易にすること」をあげている。右の理由のうち、手続を慎重にさせることについては、ともかくとして、「閲覧等に応ずべき義務の存否の判断を容易にする」との点は誤りである、と思料する。何故ならば、会社は株主の帳簿閲覧請求を原則として拒否できないのであり、ただ二九三条の七各号に規定する例外的場合のみ、拒否できるにすぎないのである。従って、株主の閲覧請求に対し、その理由の「具体的記載」に基づき、請求に応ずべきか否かを会社側が判断し、「具体的記載」内容の如何によっては、応ずべき義務なしとして請求を拒否できるかの如く解釈している原判決は、その解釈を誤っている。また、法二九三条の七に規定する各号の事由について、その事由ありや否やの判断は、理由の「具体的記載」によっては、判断出来ないものであり、右事由の存否の判断のために、「具体的記載」を要求するというのも根拠のないことである。

次に、閲覧をさせなければならない会社の帳簿及び書類の範囲等の判断を容易にするためにも、「理由の具体的記載」が要求されるとする点、この点も解釈の誤りである。何故ならば、右のような解釈だと、会社は、株主の帳簿閲覧請求に対し、予め会社の判断により、閲覧に供すべき帳簿、書類の種類及び範囲を限定できる、との前提に立つものであるが、このように予め会社側で、閲覧の対象となる帳簿類を取捨選択されてしまったのでは、会社側に都合の悪い帳簿を、閲覧させる必要なしとして隠されてしまい、株主の帳簿閲覧請求権は、全く有名無実となってしまうであろう。法文上も右原判決のように、株主が閲覧請求した帳簿類を、請求の理由との関係で、その種類及び範囲を限定できるとの規定は全くなく、また、右のように会社の判断で限定できる如く解釈しなければならない理由は何らないのである。

五 次に原判決は、請求の対象たる帳簿及び書類の具体的に特定して記載しなければならないとしている。

その理由として、株主の調査目的と無関係の帳簿や書類まで、会社が閲覧等を受忍しなければならない実質的理由はなく、無関係なものについては、閲覧等の請求を拒絶できるとしている。しかしながら、そもそも株主が閲覧請求する理由は、前述のとおり会社の管理運営に関し、何らかの不当や不正が感じられるからこそ、その事実の有無等を調査し、実態を明かにするためなのであり、また、会計の帳簿や書類というものは、一個一個全く別個独立のものではなく、すべて有機的に相関連しているものなのであるから必ずしも原判決の言うように、ある一定の書類等について、これは無関係、これは関係あると判然と区別できるものではないのである。また調査目的と関係あるか否かは、帳簿等を閲覧してみて初めて分かることであり、閲覧した結果、調査目的と関係ないものであったことが判明することはあっても、予め一定の書類等について、調査に無関係か否かを明確に判断することは至難の技であろう。更に、前述したとおり、株主は通常、会社の内情、特に計算関係の詳細については、殆ど盲目的であり、現実に会社がどのような種類の、どのような内容の帳簿等があるか、それらが正確に記載されているか否か殆ど分からないのであるから、このような株主に対して、閲覧請求の対象を具体的に特定せよと言うのは、不可能を強いるものである。原判決は、専門家の助言が得られるからとか、重要な書類は法定されているから、具体的特定は可能であると言うが、専門家とて、会社の内情に通じているわけではなく、現実にどのような内容の書類等があるかについては、一般人と全く同等の立場にあり、専門家の助言をもって特定できるとする原判決の立場は極めて非現実的と言わざるを得ない。また、書類の法定云々であるが、備付けるべき書類の法定と会社が現実にそれを備付けているかどうかは、全く別論である。これを原判決の言うように、会社側に調査目的との関係で、帳簿等の種類及び特定の書類の更に部分についてまでも、取捨選択権を与えることは、全く株主の帳簿閲覧権を有名無実のものとしてしまうもので法解釈としても到底納得できない。

六 原判決の解釈は、要するに株主の帳簿閲覧請求に対し、その請求を認めるか否か、認める場合に、その閲覧させる書類等の種類及び範囲の決定について、専ら会社側の広範な裁量権を認めたに等しい解釈であり、このような解釈は現行法の解釈としては、成り立ち得ないと確信する。

原判決は、会社側が調査と無関係であることを立証しなければならないというのでは衡平を欠き、妥当ではないと言うが、それならば逆に株主において、調査と関係がある旨を立証するのは、容易であるというのであろうか。未だ現実に閲覧していない書類等について、その内容も判然としないのに、どうして調査目的と関係あるという立証ができようか。全帳簿類を現実に管理している会社側が、無関係であることを立証するより更に立証が困難であることは、言うまでもない。そして、請求訴訟をした場合、本件で見られるように会社はありとあらゆることを主張して争い、訴訟の遅延となってくる。法二九三条の七に該当する事由があるとの主張は、やむを得ないとしても、原判決のような解釈では、閲覧をさせる義務の存否、閲覧させるべき書類等の種類及びその範囲、さらには調査目的と書類との関連性まで、実に多くのことが争われ、争点は限り無く拡大していく、そして、原判決の立場は、その各々ついて、すべて株主側に立証責任があることとなり、これこそ衡平を欠く不当な結果となるのである。なお、原判決の言う強制執行における対象の特定と、閲覧請求の対象の特定とは、全く別の次元の問題である

七 法二九三条の六の解釈として、請求の理由の「具体的記載」は、その閲覧を求める目的、すなわち閲覧目的の記載で足りると言うべきであり、また、請求の対象の特定については、請求書に記載されたものと、現実に備付けられている書類との同一性が判別できる程度に特定されていれば良いと言うべきであり、会社の閲覧受忍義務の存否の判断閲覧対象物の取捨選択等の判断のために「理由の具体的記載」及び「対象の特定」が要求されるわけではないと言うべきである。会社は、株主が帳簿閲覧を請求してきたときには、法二九三条の七に該当する場合以外には、閲覧請求そのものを拒否できないことは勿論、個々の書類について、調査目的と無関係であることを理由としても、法二九三条の七に該当する事由がない限り閲覧請求を拒否できない、と言うべきである。

八 仮りに、法二九三条の六の解釈が原判決の言うとおりだとしても、上告人は口頭弁論において、閲覧請求の理由を原判決の言うように、具体的に記載し、且つ帳簿等の特定も充分なしたのであるから、上告人の請求を認容すべきであったのに、原判決は「時機に遅れた補正であり、会社の立場を著しく不安定にするもので、許されない」として、結局請求を棄却している。

右原判決の立場は、閲覧請求の理由及び対象の特定について、一切補正を許さないというものではないと解されるところ、時機に遅れ会社側を著しく不安定なものにする、というのはその主旨が理解し難度い。会社側は上告人の補正後においても充分争う機会を与えられており、現に争っているのであるから、何ら会社側の地位を不安定なものにするわけではない。この点も原判決は法令の解釈適用を誤っている。

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